スタートアップでのオープン・クローズ戦略の選択 特許の有効活用を考える
最近、モノづくりがとても身近になってきました。ハードウェアなら3Dプリンター、ソフトウェアならAPIなど、モノづくりのハードルを下げてくれるツールが充実してきたからです。さらにソーシャルメディアによって創ったモノを世の中に広めやすくなったのも大きな理由の一つでしょう。
またリーンスタートアップなど起業や新規事業立ち上げで起こり得るリスクをできるだけ小さくする手法も体系化されてきたため、この動きはますます活発になってくることが予想できます。つまり一般の人々でも”小さく”はじめられるようになったわけです。
株式会社enmonoでは、「マイクロモノづくり」という概念を提供しています。ニッチはニッチでも、世の中にないモノを生み出すという考え方。そして創ったモノをクラウドファンディングサイトでオープンして、ダイレクトに市場の反応を見ることを推奨しています。これはマーケティングしながら資金を集められる画期的なシステムだと思います。
一方で、アイデアをオープンするタイミング次第では、特許をとる機会を失いかねません。原則としてオープンする前に特許をとれそうかどうか、特許にすべきかどうかなど検討したほうがいいでしょう。
しかし特許をとることが目的になったり、売れないモノを特許で守ったりするのは本末転倒です。オープンイノベーションという概念もあるように、すべてを特許で囲い込んで独占するのはナンセンスだからです。ただオープンする風潮が強すぎて、特許をとって独占することは悪である、という考えもどうかと思います。
以前、「スタートアップ・バイブル」から学ぶ特許取得のメリットと実情について書きましたが、スタートアップと特許を両立するのは簡単なことではありません。でもだからといっておろそかにしてはいけないと考えています。特許という選択権を持ち、有効活用するに越したことはないからです。
そこで選択するステップをわかりやすく3つに分けて、特許を有効活用するスタートアップのオープン・クローズ戦略について整理してみました。
ステップ1 特許がとれそうかどうか?
まずはスタートアップで創作したモノで特許がとれそうか?それともとれなさそうか?を検討します。特許がとれそうかどうかを判断する大きな項目は2つです。1つは新しいアイデアかどうか(新規性があるか)?もう一つは新しくても今までのアイデアより進歩しているか(進歩性があるか)?です。
新規性があるかどうかの判断はしやすいです。新規性がないということは既存のアイデアと同じことなので、特許どころかアイデアそのものを変更したほうがいいでしょう。一方、進歩性があるかどうかの判断はしにくいです。なぜならスタートアップのアイデアも、もともとは既存のアイデアの組み合わせだからです。つまり既存のアイデアを組み合わせたら簡単にスタートアップのアイデアになってしまう場合、このアイデアには進歩性がないということになってしまします。
進歩性があるかないかどう判断すればいいかを簡単に言えば、既存のアイデアを簡単に組み合わせることができない技術的な理由があるかどうかです。この「技術的な理由」というのがミソで、単に誰も思いつかなかったとか、規制でできなかったとか、そういう理由では進歩性があるとは言えません。
ステップ2 アイデアの内容がばれやすいかどうか?
ステップ1で特許がとれそうと判断した場合、ステップ2に進みます。ここでも判断内容はシンプルです。簡単に言えば、創ったアイデアをリリース(商品化など)してその内容がばれてしまうなら、特許をとる(申請する)ことをオススメします。なぜなら内容がばれやすいということは、真似しやすいということになるからです。
一方、内容がばれにくければ、無理に特許をとる必要はありません。特許はアイデアをオープン(技術を公開)する代償として与えられるものだからです。そして特許の有効期限が切れたら、そのアイデアは誰でも使っていいアイデアになってしまうのです。例えば、ジェネリック医薬品は、いわゆる特許切れの医薬品で、誰でも特許のアイデアを使えるようになったため従来の医薬品より安く提供しています。
ステップ3 オープン戦略か?クローズ戦略か?
ようやくこの段階まできました。特許や技術のオープン戦略とクローズ戦略の選択は既に提案されていますが、ステップ1やステップ2を順序立てて語られたものがなかったので、個人的にはわかりにくいと感じました。そこで専門家に言わせたら、何を今さら!というステップ1とステップ2を踏まえることで、ステップ3をわかりやすく説明できるようにしてみました。
オープン戦略①認知度をあげる
ステップ1で特許がとれなさそうという判断をしたら、「①認知度をあげる」がいいと思います。しかもなるべく早く。なぜなら特許という守りの切り札がないため、真似されても何もいえないからです。
最近でいえば、クラウドソーシングのアイデアやシステムは斬新なものの、特許をとるのは難しいでしょう。現に、ランサーズ株式会社(旧・株式会社リート)は、「匿名仕事マーケットプレイスシステム及び方法」というアイデアを特許申請していましたが、特許にはなっていません。
スタートアップにおいて特許申請した事実を残すことは、アイデアが生まれた年月日の証拠・アイデアの技術的整理・対外的アピールになるため有効です。つまり特許にならなくても、その投資は有効活用できるわけです。
オープン戦略②使わせる(無料)
ステップ1で特許がとれそうで、ステップ2で内容がばれやすいため特許をとる(申請する)ことに決めたら、2つのオープン戦略を選択できます。その1つ目は「②かす(無料)」です。無料でかす最大の狙いは、ユーザー数を増やすことです。いわゆるオープンソースやオープンイノベーションはこの考え方です。
使われれば使われるほど、その分野でのフロントランナーになれます。フロントランナーになれれば、みんなが注目するため、結果として認知度があがるわけです。例えば、グーグルは、先日もオープンソース特許に新たに79件を追加したようです。つまりグーグルは、オープンソースソフトウェアのユーザー・販売業者・開発者が、先に訴えてこなければこちらも訴えないのでご自由に使ってください、と公約しています。
特許をとって独占するはオープン戦略の風潮ではナンセンスかもしれません。しかし特許をとれば条件をつけてかせます。現にグーグルは、”相手が何もしない限り”は何もしないという条件をつけてかしています。こうすることで技術の水準を高め続けられると共に、よりよいパートナーを募れるメリットがあります。
オープン戦略③使わせる(有料)
オープン戦略の2つ目は「②かす(有料)」です。これは昔からある戦略で、いわゆるライセンス料を徴収するかわりにかすというものです。この戦略で成功しているのが、日産のライセンスビジネスです。日産が提案するライセンスビジネスのメリットは以下です。
<ライセンシー企業(かりる方)のメリット>
〇開発期間&費用を節約できる。⇒完成した技術を利用できるため、自社開発の手間が省ける。
〇リスクを回避できる。⇒開発の失敗などのリスクが少ない。
〇自社の強みを最大限に発揮できる。⇒弱い分野をライセンス技術で補うことで、自社の強みに注力した商品開発ができる。
〇コスト競争力がもてる。⇒トータルで開発費を少なくできるため、エンドユーザーに向けたコスト競争力のある価格設定が可能になる。
<日産(かす方)のメリット>
〇企業認知につながる。⇒自動車以外の接点でも、広くお客様に“日産”を認知いただける。
〇新たな研究開発につながる。⇒ライセンスのロイヤリティ収入が、新たな研究・開発の資金となる。
クローズ戦略①使わせない(自分だけ)
特許をとれば独占できます。これが最もオーソドックスな使い方。しかし近年では単に独り占めしても売れにくい時代になりました。何かしらの付加価値が必要です。その点について、株式会社enmonoの顧問弁護士・水野祐氏は、初音ミクのオープン・クローズド戦略について以下のようにコメントしています。
水野さん:「・・・初音ミクは、イラストとVOCALOIDというソフトウェアの混合物です。ソフトウェアは権利を守り、販売もしていて、イラストの方はオープンになっています。全てをオープンにする必要はなく、場合によっては一部をオープンにした方が面白くなる、というものが増えてきているのではないかと思います。・・・」(引用:「禅会vol.1「そろそろオープンIPについて語ろうか」レポート」)
初音ミクでは、キャラクターをオープンすることで認知度を高め、ソフトを特許でクローズすることで独占販売するやり方を選択したことになります。
クローズド戦略②隠す(自分だけ)
最後に、ステップ1で特許がとれそうと判断したけど、ステップ2で内容がばれにくい技術であれば、特許をとる必要性は低いです。ばれなければパクられないからです。
しかしもしこの戦略を選択するのであれば、徹底的に隠し通さなければなりません。ライバルも内容を知りたがるので、限られた人にだけしか内容を明かさないとか、秘密保持契約を必ず結ぶとか、細心の注意が必要です。
クローズ戦略で有名なのがコカ・コーラです。コカ・コーラでは、コーラの製造方法で特許はとらず、ノウハウとして守っています。製法を知っているのは最高幹部数名のみ。飲料の製法は、成分の配合率・温度・時間などで構成されるため、製品から分析するのはほとんど無理です。そして特許をとれば内容はオープンになるし期限が切れたらフリーになってしまいます。これらの点を考慮して、クローズするか判断すべきでしょう。
≪まとめ≫
スタートアップはスピード重視かつ資金が不足しがちなため、特許戦略の優先順位は低くなりがちです。しかし特許のメリットもちゃんとあります。さらにオープンとオープン、オープンとクローズなど、違う特徴の戦略を組み合わせることで相乗効果が生まれ、スタートアップに勢いを与えてくれる可能性もあります。特許に対して適した投資をすることも大切な判断の一つではないでしょうか。
2013年9月20日
著者 ゆうすけ
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