特許担当者不在の中堅・中小企業の弱点
『下町ロケット』は特許をとった後の話が中心です。町工場が大企業に特許裁判で勝つストーリーが目立ち、商品開発と特許取得という泥臭く地道な努力が忘れ去られているようにも感じます。
実際、中小企業にのみならず中堅企業でさえ、知的財産活動が機能していないところはたくさんあります。政府の知的財産推進計画もどれくらい達成し、浸透ているのかわかりません。
知的財産活動が浸透しない理由の一つは、中堅・中小企業に特許担当者がいない点です。製造業なら、社員・外注に関わらず、特許担当者が少なくとも一人はほしいところです。
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iPS細胞も特許担当者がいなければ。。。
あの知財戦略で有名なiPS細胞の研究チームでさえ、はじめは知的財産活動が浸透していなかったようです。しかし、知財の重要性についてリーダーの山中教授が認識していた点が、普通の中堅・中小企業とは違います。
平成20年6月、京大iPS細胞研究センター(現iPS細胞研究所)の知的財産管理室長に就任した高須直子は、研究者をつかまえては質問攻めにした。いち早く特許を出願しなければならない研究成果を把握するためだ。知財の重要性を説いて回る努力も続けた。
・・・
研究者らは知財を意識することはあまりなかったが、研究途上でも特許を視野に入れるようになり、「スピード感が変わった」という。<引用:2015/12/7 「第5部・関西から攻める(1)「会社、辞めませんよね」世界相手!ヘッドハンティング…京大iPS、人に生かす壮大な知財戦略」 by 産経>
確かに、研究者は特許の話を面倒くさがる傾向があります。研究の邪魔になるとかって。でも、研究者も組織のメンバーであり、メンバーならば組織の発展に貢献しなければならないはずです。
つまり、研究開発活動のみならず、その研究開発の成果を確固たるものにする知的財産活動は、組織にとって必要不可欠なものといえます。
特許担当者不在による5つの弱点
そして、知的財産活動の推進役である特許担当者がいないと、以下のような弱点が浮き彫りになります。
発明の特徴を可視化できない
特許担当者は、技術担当者(研究者)からヒアリングします。この時、意外にも技術担当者は自分が考えた発明にも関わらず、特徴を説明できないことがけっこうあります。
いつも一緒にいるため互いの良さがわからなくなる夫婦と同じように、技術担当者はいつも発明のことばかり考えているため、何が特徴(他と違う部分)かを聞かれても、答えられないのかもしれません。
一方、特許担当者は、発明を全体的に見たり部分的に見たりしてその特徴を洗い出し、最終的には図や表で可視化して技術担当者と共有することが大切です。
なぜなら、発明自体の知識は技術担当者のほうがずっと持っており、特許担当者が誤解していないかを確認する必要があるからです。
守るべき部分を見極められない
発明の特徴がわかったとしても、その特徴の全てがオリジナルかというと、そうではない場合もけっこうあります。なぜなら、発明の大半は公知技術の積み重ねだからです。
また、iPS細胞のような大発明だとしても、その業界内を見渡せば、違う研究者に論文発表されていたり、先に特許をとられていたりすることは、決してめずらしいことではありません。
そのため、技術担当者に業界内の常識やトレンドを聞くと理解が深まるはずです。どこまでありふれた公知技術なのか?どこがオリジナルなのか?の整理が必要です。
一つ一つのパーツ(モジュール)はありふれていても、それらを組み合わせる発想と具体策が特許になることもあり、そのような特許はライバル会社にとっても脅威となるでしょう。
守り方を考えられない
守るべき部分を見極めた途端、じゃーその部分で特許を出しましょう!というのはちょっと早いです。なぜなら、特許は技術を公開(オープン)するという代償があるからです。
特許を出すということは、その内容をライバル会社に教えることにもなります。これは、公開した内容を参考にされ、特許にひっかからないパクリ商品をライバル会社につくられてしまうリスクを抱えることにもなるんです。
でも、公開することで、同じ内容の特許をライバル会社にとられるリスクを減らすメリットも実はあります。特許は新しいこと(新規性)が条件で、公開すれば新しくなくなり特許が認められないからです。
逆に、特許を出さずに社外秘化(クローズ)することで、オリジナル部分をブラックボックスにできるメリットがあります。ただし、商品(例えば、メカやプログラム)によってはライバル会社に分解されその中身がバレることもあります。
このように、どこまでオープンするか?それともクローズするか?オープン又はクローズするメリットとデメリットをふまえて考える必要があります。
ライバル会社の狙いをよめない
商品が売れればマーケットができるため、そこにライバル会社が入ってきます。そのとき特許があれば、ライバル会社は簡単に参入できなくなります。
このような場合、ライバル会社は商品や特許の研究をして、商品の改良パターンや特許の抜け穴を探して、突破口を見つけようとします。つまり、守り方の考え方として、ライバル会社の狙いも先読みすべきです。
例えば、改良パターンを含めた特許にしたり、特殊な製造方法や加工方法は公開せず社外秘化したりすれば、ライバル会社は劣化版か欠陥品の製造しかできなくなります。
このように、ライバル会社を攻撃するために特許をとるのではなく、ライバル会社の狙いどおりにさせず、動きを鈍らせることも特許やノウハウ化のメリットになります。
特許取得までの日程感を共有できない
特許が成立するまで、早ければ半年、遅ければ4~5年かかります。つまり、テクニック次第で、特許成立の時期を意図的に早くも遅くもできるんです。
また、特許を出すと、1年半後にその内容を特許庁が公開します。そのため、公開後に改良パターンの特許を新たに出しても、基本パターンが新しくないため、特許を取りにくくなります。
商品開発~製造まではプロジェクトとしてマネジメントしているけど、そこに特許取得までの日程感が組み込まれることは、一部の大企業を除いてほとんどありません。
その点、アップルは特許の公開情報をマーケティングに活用しています。各メディアもアップルの次回作の特ダネを狙っているため、公開時期は商品開発スケジュールの一部に組み込まれているのではないでしょうか。
≪まとめ≫
特許担当者がいないデメリットをまとめると、以下の5つです。
発明の特徴を可視化できない
守るべき部分を見極められない
守り方を考えられない
ライバル会社の狙いをよめない
特許取得までの日程感を共有できない
逆にいうと、これらのことができる特許担当者を参画させることにより、研究成果を保護し、組織の発展に貢献できるともいえます。あのiPS細胞の研究チームでさえ、はじめは泥臭い活動をしていたと思うと、どんな中堅・中小企業でも活動する価値があるのではないでしょうか。
2015年12月10日
著者 ゆうすけ
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