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中小製造業に役立つ『下町ロケット』流特許活用豆知識

公開日: : 特許, 特許トレンド, 特許戦略

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昨日(2015/11/15)で、『下町ロケット』ロケット編が終了しました。視聴率も全5話中で最高の20.2%。ロケット発射が無事成功し、歓喜にあふれるシーンには感動しました。

ところで、ドラマのように特許が活躍する機会が経営上どれだけあるか会社の考え方次第であり、実際には、特許の取得や維持のコストや特許を取っても無効にされ裁判には勝てないリスクもあります。

しかし、特許がなければ“争いの土俵”にそもそも立てないリスクも考えると、特許の活用は中小製造業にとって大切な経営戦略とも考えられるし、特許には定量的には図れない効果も当然あります。

そこで、あらためて『下町ロケット』から中小製造業が学べる特許活用術の8つの豆知識を整理しました。

photo credit: bottle manufacture via photopin (license)

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1.特許を出すタイミングが勝敗を分ける

ご存じのとおり、帝国重工が佃製作所に勝てなかった最大の原因は、佃製作所より特許を出すのが2週間遅かったことです。まさか2週間前に同じ特許が出されているとは。。。しかも優先権主張出願という素人にとってはチンプンカンプンなテクニックまで披露して。

しかしこれはウソのようで本当にある話です。2週間前かどうかはさておき、特許は出願(申請)してから1年半はクローズ(非公開)のため、例えば今から1年前にどんな特許が出されていたかは本人以外はわかりません

そのため大切なことは、ライバルに先を越されないように特許は早く出すこと先に同じ特許が出されていた場合にその特許を回避する案を予め決めておくことであり、これは経営判断の一つです。

ちなみ、優先権主張出願により、特許出願してから1年以内なら、出願した特許の内容の具体例(研究成果)を追加して特許の強さを補強したりすることができます。

2.特許には時間的価値がある

帝国重工は佃製作所のバルブシステムの部品供給を阻止するために、製品性能・生産管理・財務について厳しい基準を設けてきました。

特に財務審査ではむちゃくちゃなカイゼン要求をつきつけた上、裏付けもある黒字見込みにもケチをつける態度に、さすがの佃製作所営業・経理陣も黙っていませんでしたね。

佃製作所の切り札はバルブシステムの特許。帝国重工は佃製作所の許可を得ずにバルブシステムをつくることはできません。佃製作所の特許権を侵害することになるからです。

ここでおさらいしたいのが、帝国重工の弱みです。帝国重工はわずか2週間の差で、佃製作所に特許出願を先越されました。つまり、帝国重工はバルブシステムを開発する技術力を持っているわけです。

しかし、帝国重工のスターダスト計画実施のカウントダウンがはじまっています。もはや佃製作所のバルブシステムの特許を回避する新たなバルブシステムの開発は時間的に不可能です。

つまり、帝国重工の真の弱みは、時間です。もしスターダスト計画実施前に新たなバルブシステムを開発できれば、佃製作所の特許権を侵害することにはならず、佃製作所との交渉すら不要なわけです。

このように、帝国重工にとって、佃製作所の特許の価値はバルブシステム技術開発の時間短縮です。このことから、特許には、技術的な付加価値のみならず、時間的な付加価値もあるといえそうです。 

3.特許とノウハウは一心同体

中小企業にとって特許はもちろん大事だし取れるなら取ったほうがいいんですが、それと同じくらいノウハウが大事ってご存知ですか?っていうか、中小企業の多くは大手企業にないノウハウを持っているはずです。

以下は、佃製作所のバルブシステムの開発技術を、ノウハウと特許に分けたイメージ図です。左側がバルブシステムの製造ノウハウ(赤)、右側がバルブシステム構造の特許(青)。帝国重工は全部品を内製(自社で製造した部品)にしたかったため、佃製作所の特許の使用許諾が必要でした。

つまり、帝国重工は佃製作所の特許させ使えればよく、バルブシステムの製造は社内でやろうとしていたわけです。帝国重工には設備投資力もあり、製造装置(マシニングセンタなど)の性能にも自信があったようです。

一方、佃製作所は特許の使用許諾ではなく、バルブシステムを部品として帝国重工に供給したいと申し出ました。なぜなら、佃製作所は特許のみならず、バルブシステムの品質を極限まで高めるための穴あけ、削り、研磨などについて、強烈なノウハウを持っていたからです。

ここで、知的財産のオープン(公開)・クローズ(非公開)戦略についても少しだけご説明します。

特許の内容は一般公開(オープン)されます。そのため、帝国重工は特許の使用許諾さえあれば、バルブシステムの構造を真似できるわけです。そもそも帝国重工もバルブシステムの研究開発をしていたため、製造ノウハウもあるはずです。

しかし、佃製作所の真の強みは、バルブシステムの製造ノウハウです。製造装置の精度を上回る技術者の感覚や勘所は、帝国重工に真似できません。このようなノウハウを非公開(秘密)にすることで、佃製作所は特許と同じくらい貴重な“価値ある技術”をウリにできるわけです。

中小企業としては、特許をとるアイデア(技術的思想)があっても、公開してまで特許をとる価値があるか?、価値があるとしたらどこまで公開すべきか?、非公開のノウハウと組み合わせて特許の価値を高められるか?など、検討すべき点はたくさんあります。

また、会社経営上、ある技術者一人しかしらないノウハウがあるというのは、強みでも反面、弱みにもなります。なぜなら、その技術者が退職したり病欠したりしたら、誰もそのノウハウを再現できなくなるからです。そのため、ノウハウを社内で共有できる仕組みづくりも重要です。  

4.特許を売るか貸すかは重要な経営判断

佃製作所が先に出した特許(バルブシステム)を帝国重工が買い取りたいといって提示した額が20億円!ゴミ(意味のない特許)の中から運よくお宝特許が見つかったと思えば、サッサと売ってしまったほうがいい気もします。

特許を持っている会社なら、特許を売るか貸すかで悩むことはよくあります。なぜなら、特許は維持費もバカにならないし、新しい技術が登場して特許のトレンドが過ぎると価値が下がるからです。だから、他社に売るか?貸すか?売るならいくら?貸すならいくら?、っていうか、そもそも買い手や借り手はいるのか?など、模索しています。

佃社長が言っていたように、特許の本質は、会社の技術がライバル会社に真似されないように守ることです。一方、帝国重工のように、新製品を開発するには他社(この場合、佃製作所)の特許を割けては通れない会社もあれば、他社の特許をあえて活かして新製品を開発する会社もあります。

ちなみに、特許を貸した場合の利益(ライセンス収入)は、一般的に製品の売上に対する1~5%と言われています。100万円売り上げたら1~5万円の収入ということです。特許の貢献度にもよるため、もっと多い場合もあれば、少ない場合もあります。 

5.特許と品質保証は違う

検査用のバルブシステムがすり替わっていたときはビックリしましたね。生産管理と財務の審査はクリアしたのに、肝心要の品質検査でミスったら残念すぎます。

それにしても、特許を取っているのになぜバルブシステムの品質検査が必要なんでしょうか。お国(特許庁)のお墨付きに文句あんのか!って感じですよね。

まず前提として、特許は製品(モノ)が実際になくてもとれます。つまり、アイデア(技術的思想)さえあれば、誰でも特許を出せます(審査をクリアできるかどうかは書類の書き方次第です)。

そして、特許の審査をクリアする上で、品質の保証は必要ありません。理論的に製品(モノ)がつくれれればOKで、品質基準をクリアした製品が100回に1個しかつくれないとしても、特許はとれます。

真珠で有名なミキモトの創業者・御木本幸吉が発明した真珠の養殖方法は1916年に特許となりましたが、実際に真珠を取得できた確率は数パーセントだったそうです(参考:御木本幸吉の代表的発明(養殖真珠)(PDF334KB)

このように、特許と製品品質は異なるため、特許をとっても品質基準をクリアした製品を実際につくれるかどうかは別の話です。この点に気をつけないと、“モノにならない特許”になりかねませんので要注意です。

6.技術者が研究開発に専念できる環境づくり

第3話で、技術者同士が言い争うシーンがありました。佃製作所の主力製品であるステラエンジンの開発チームにとって、バルブシステムの開発チームはライバルでもあります。担当している製品にも思い入れがあるわけです。

ところで、日本の技術者の多くは、給与以上に研究開発に没頭できる環境を求めるそうです。安田顕さん演じる山崎技術開発部長もやりたいことをやるために大手企業から佃製作所に転職してきました。

そして、特許庁が実施したアンケートでもそのような結果が出ています(以下画像、引用:平成26年3月24日 「職務発明制度に関するアンケート調査結果について 」 by 特許庁)。

「(1)研究開発を行う上で重要と思うこと」として、技術者が最も重視しているのは、日本企業・海外企業どちらも「現実的な問題を解決したいと思う願望」(85%以上)です。一方、日本企業にとって「金銭的な処遇」(71.7%)は、他の項目より低いことがわかります。

もちろん給与がよいに越したことはないでしょうが、技術者がやりがいをもって研究開発できる環境でなければ、ステラエンジンのチームリーダー(真野)のように、他企業からの引き抜きに応じてしまうかもしれません。

また、中小企業が技術者との関係で注意すべきは、職務発明(技術者が職務上考えた発明)に関する取り決めです。

例えば、職務発明は会社のもの(会社が特許を受ける権利を持っている状態)であること、そのかわり技術者にはそれなりの金銭をあげること、などを就業規則に書いておかないと、会社に不満をもった技術者から訴えられるリスクがないとは言えません。

おそらく、佃製作所と技術者(佃社長含む)とは、職務発明の取り決めがあるのではないしょうか。そのため、技術開発部が考えた職務発明(ステラエンジンやバルブシステム)について、特許を受ける権利(特許権を所有する資格)があるのは佃製作所で、そのかわりに技術者にはそれなりの金銭(ボーナスなど)が支払われていると思います。

7.営業担当に特許の知識がないと危険

技術開発にはコストがかかるし、使えない特許製品なんて意味がない!と、営業担当と技術担当が言い合うシーンがありました。まー営業担当からすれば、商品は売れてナンボですからね。

そのため、これも実際にある話のようです。というのも、営業さんは売上(成績)を伸ばすことが目的なので、会社が特許出す前にプレゼンしちゃうとか、他社の特許に侵害する注文をうけちゃうとか。

でも会社によっては、特許を営業ツールにして、お客さんからの信用を高めたり、他社品との差異点を特許を使って説明したりするという事例も聞きます。

8.特許裁判は年平均120.7件(過去統計)

ドラマでは、ナカシマ工業が持っている特許の範囲に、佃製作所の製品(ステラエンジン)が入っており(特許権に抵触していおり)、しかもステラエンジンのせいでナカシマ工業の製品(エルマー2)が売れなかったから90億円損した(たぶん)!という言い分(損害賠償請求)のため、特許裁判がはじまりました。

これに対し、佃製作所も逆訴訟(佃製作所が持っている特許の範囲に、ナカシマ工業の製品(エルマー2)が入っていおり、しかもエルマー2のせいで佃製作所のステラエンジンが売れなかったから70億円損した(たぶん)!という言い分(損害賠償請求))で反撃したわけです。

その結果、裁判長はナカシマ工業の言い分(損害賠償請求の正当性)を認めず、佃製作所の言い分を認めました。そして、これ以上裁判を続けても裁判長の心証は変わらないだろうから、もうやめませんか?時間とお金ももったいないでしょ?という裁判長の提案が「和解勧告」です。このように、双方のメリット・デメリットを考慮して裁判長は和解を提案することがあります。

ちなみに、2011~2013年の3年間では、地方裁判所で特許関係の裁判が行われたのが年平均120.7件で、そのうち裁判内で和解になったのが32.3件(27%)というデータが出ています。

<引用:平成26年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書 P11>

和解内容は非公開のケースもあるため、和解金額が億を超えるケースが何件あったかは定かではありませんが、ドラマのような巨額のケースはレアだと思います。なお、最近では、京セラと韓国系企業の日本法人が和解したニュースが報じられました。

≪まとめ≫

あらためて『下町ロケット』から中小製造業が学べる特許活用術の8つの豆知識を整理すると、以下のようになります。

1.特許を出すタイミングが勝敗を分ける
2.特許には時間的価値がある
3.特許とノウハウは一心同体
4.特許を売るか貸すかは重要な経営判断
5.特許と品質保証は違う
6.技術者が研究開発に専念できる環境づくり
7.営業担当に特許の知識がないと危険
8.特許裁判は年平均120.7件

でも本当に大切なことは、定期的に特許をとる意識、特許をとるためのアイデアを練るチームワーク、特許以外のノウハウ流出を防ぐ情報管理などの活動であり、中小製造業の会社経営にうまく組み込むといいのではないかと思います。

2015年11月16日

著者 ゆうすけ 

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