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プロフィール

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「特許一年生」は、ゆうすけのオリジナルブログです。

弁理士・監査役・ブロガーという複数の肩書で活動しています。

≪略 歴≫

HN:ゆうすけ 1977年生まれ(37歳)・千葉県出身・東京在住・O型・おとめ座

中小企業の営業マンだった父とOLだった母に生んでもらいました。はじめは普通の核家族でしたが、物心ついたときに父が独立。夫婦二人三脚でがんばっている背中をみて育ち、いつからか私にも親譲りのなにくそ根性が芽生えました。

自分の命の価値をみつけた子ども時代

ひょうきんな性格で、幼いころから人を楽しませることが好きだったようです。でも泣き虫だったので、男は強くなきゃいけないと父に教育されました。ちなみに大人になってからも涙もろく、わかりやすい感動系の映画によく泣かされています。

昔から絵や工作が得意でした。小学生のときに、人物画が千葉県の絵画コンクールで入選し、工作が市内のコンクールで佳作をとりました。また中学生のときに、風景画が世界児童画展で入選しました。

もともとクリエイティブなことに興味があり、物事を分析して表現する能力が高かったようです。これが弁理士の仕事やブログ運営の土台になっていると思います。

小学校からバスケをはじめました。とても厳しい顧問の先生でしたが、愛情ある指導のおかげでみるみる成長。そして小学6年生のとき、市内最弱のバスケ部が千葉県ベスト4まで上りつめたのです。人生初の快挙でした。

基本的にスポーツ好きで、今は年1回はチャリティイベントで10km走ったり、友人とゴルフをしたりしています。

勉強は可もなく不可もなく、といった感じでした。ところが中学生のときに悪ふざけして親を泣かせて以来、改心して猛勉強しはじめました。その甲斐もあり、千葉県内でも上位の県立高校に進学。

また高校卒業してから1年間浪人したものの明治大学に進学し、最終的には同大学院で修士号を取りました。

C言語でつくったプログラムをMS-DOSマシンで実装して試験機をつくり、空気圧で動く機械をいかに省エネで動かせるかをテーマとした修士論文を書きました。

子どものときに積極的にトライした経験だけでなく、痛い目をみてこれではいけないと自覚したきっかけが、その後の人間形成のプラスになったように思います。そのため人財育成については、本人に自ら考動させることを教育方針のモットーとしています。

人生の価値観がかわった初の海外個人旅行

大学3年生のとき、はじめての海外個人旅行でいったアメリカのフロリダとニューヨークで人生の価値観がかわりました。

フロリダでは、フォートローダデールに単身渡米し富裕層向けの寿司バーを経営する日本人オーナーをたずね、アメリカンドリームを目の当たりにしました。

またニューヨークでは、ドミトリーで外国人と一緒に寝泊りしながら、世界経済の中心・流行の最先端・自由な雰囲気を肌で感じられました。また異国の空を見ながら、家族や友人のありがたみをはじめて知りました。

1か月ほど日本を離れて過ごしたこの個人旅行をきっかけに、世の中のために自分ができることを何か残したい、また自分がかかわった人にいつも感謝の気持ちを持ちたい、と強く意識するようになりました。

人間力がアップしたボランティア活動とルームシェア

大学院生のときから、フィリピンの孤児院をサポートするボランティアチームに参加しました。活動のコンセプトは「なんちゃってボランティア」、つまり楽しくなければボランティアじゃない!というものです。

実際、本当に楽しくて、どんなに徹夜でイベントの企画・準備をしても、つらいからやめようと思ったことは一度もありませんでした。

また社会人になってから、ボランティアチームの親友4人とルームシェアをはじめました。名前は「ブクロ邸」。池袋のきれいな一軒家を月21万5000円という格安値で借りることができました。

友達を呼んでパーティーしたりボランティアのイベントをしたり、とても盛り上がりました。でも考え方の違いで、親友とケンカしたときもありました。

同世代の熱い仲間たちとの共同作業と計4回のフィリピン訪問を経て、ホスピテリィ精神・仲間との絆・想いを伝えることの大切さを知り、体感しました。

また親友とはいえ考え方がちがう赤の他人と一つ屋根の下に暮らしたことで、包容力や忍耐力を養うことができました。

社会人としても高まった自分の価値

大学院卒業後は一部上場の大手電機メーカーに就職し、組織の一員として実力をつけることにしました。配属先は、生産システムの営業技術部門。

自分の個性を発揮するには、社内にこもるエンジニアではなく、お客さんと現場で接触できるポジションで経験を積むべきと考え、自ら希望しました。

その結果、入社わずか1年半で大手自動車メーカーに異例の単身出向。10億円規模の自動車部品の受発注管理システムを再構築するプロジェクトのリーダーに抜擢。自動車メーカー大手T社との共同作業を経験しました。

メーカーにいたおかげで、システム構築のダンドリ、プロジェクト管理、業務カイゼンのノウハウ、マネジメント能力が身に付けました。これらはどんな業務にも必要不可欠であり、大きな自信となりました。

どん底から這い上がった弁理士への挑戦

社会人として自信がついたころ、大企業で培ったスキルを、両親の会社のような中小企業や個人事業主の方々の支援に活かしたいと考えました。そして自分の個性をいかせて、時代のニーズにあった環境を探しました。

そこで会社の大切なアイデアを守るスペシャリストでありながら、商品企画のコンサルティングもできる弁理士になることを決意し、メーカー入社後3年で脱サラしました。

弁理士は国家資格で、試験は1年に1回、1次→2次→3次まであります。合格率は平均6~8%。合格者の出身大学で多いのは、上から東大、京大の順。つまり高学歴者ばかりがうける難関試験です。

正直いって、途中で何度も心が折れそうになったし、底なし沼に片足を突っ込んでしまった気さえしました。

しかし私には、弁理士になって中小企業や個人事業主の方々を支援するという強い理由がありました。またこの挑戦のゴールは合格ではなく、その先にある私の使命を果たすことと言い聞かせました。

その甲斐もあり、4回目の受験で無事に最終合格することができました。そして何があっても立ち向かう勇気と折れない心という一生の財産を手に入れました。また受験勉強を戦略的にこなす成功ノウハウを体得しました。

弁理士という仕事の価値を日々追及してます

弁理士の仕事には心から誇りをもっています。モノやサービスが飽和している現代に必要不可欠な仕事だと思います。

実務経験は5年。そして弁理士になってからの3年間で、中小企業や個人事業主のお客さんのお悩み相談に延べ300件以上対応してきました。

主に、社運をかけた発明や新商品のネーミングなどを登録してあげる仕事、お客さんのビジネスがライバルの特許や商標にひっかかっていないか調べる仕事、特許・意匠・商標・著作権についてのコンサルティングやセミナーを行っています。

この経験と自分の個性を活かし、今後はウェブマーケティングや商品企画など“攻めの提案”を誰よりもわかりやすく伝えることも、私の弁理士としての価値と考えています。

≪ライフワーク・スタンス≫

〇知的財産戦略(特許・実用新案・意匠・商標・著作権)のトータルサポート
〇ネーミング・プロダクトデザイン・ビジネスモデルの企画創造
〇知的財産教育及び知的財産監査

●大切にしていること:想いを伝える、相手を尊重する、共に成長する
●座右の銘:なるようになる、想いは叶う、努力が結果につながるとは限らない

≪執筆・コンサルティング・セミナー≫

対応分野は以下の通りです。

〇知的財産(特許・実用新案・意匠・商標・著作権)
〇ネーミング・プロダクトデザイン・ビジネスモデルの企画
〇弁理士資格取得
〇ライフハック・業務カイゼン
〇書評・ブログ運営

≪メディア≫

気が向いたらお声かけください^^

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公開日:
最終更新日:2015/07/29

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  • 弁理士/監査役/ブロガー。中堅企業、中小・ベンチャー企業、スタートアップに適した知的財産活動を提案。 「地域発 ヒット商品のデザイン」でネーミングと商標登録のコラムを掲載。
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